いい女

僕はお母さんが好きだった。

当たり前なのかもしれないけれど、まあそうだ。

「はい、準備よし」

「うん」

お母さんに、幼稚園の制服の上着を着せてもらってお弁当の入ったリュックを背負って玄関に向かった。

玄関ではお父さんが先に待っていた。

「お待たせ、おとうさん」

「いこうか。行ってくるなお母さん」

「ええ、あなた」

お父さんとお母さんはキッスをしていた。

それを見るのが僕の一日の楽しみだった。

「いってらっしゃい」

「いってきまーす」

お母さんの透き通るような笑顔に手を振って玄関を後にした。

家の前に停めてある車に乗り込む。

助手席に座ってシートベルトをしめた。

「よし、いくかあ」

「しゅっぱーつ」

幼稚園に向けて発進した。ぶろろろろおー

お父さんはいつも、お母さんの話をする。

お前のお母さんはいい女なんだぞって話ばかりだった。

幼稚園についた。

「じゃあ、お仕事がんばってきてね」

「うん、いってらっしゃい」

「いってきまーす」

僕は車を降りて、幼稚園の門の中へ入っていった。

ある日、お父さんの帰りが遅い日があった。

「淳也寝ていていいよ」

「うん、お母さんは?」

「お父さん帰ってくるまで起きて待ってるから」

「わかったあ、お休みなさい」

「お休みなさい」

お父さんは仕事でリストラというものにあってしまった。

その話をしているのを戸の隙間から見ていた。

「浩一さん私、信じてますから」

「苦労かけるな」

「貴方なら大丈夫」

お父さんはお母さんを強く抱きしめていた。

その後、お父さんは独立したらしく、

前よりも生活に余裕ができたと話していた。

お母さんと僕のためにがんばってくれたみたいだ。

けど、おとうさんは僕のためよりもお母さんのためにがんばっていたんだと思う。

お母さんのことがお父さんも大好きだったから。

運動会があった。

お母さんが応援に来てくれて、一生懸命応援してくれていた。

徒競走で走っていて転んでしまった。

凄くいたかった。

泣きそうになった時。

「淳也、立ち上がれええええ!」

お母さんの声が僕の耳に聞こえて、泣くのをこらえた。

ぐっと立ち上がって、最後までゴールを目指した。

ビリだったけど、お母さんのおかげであきらめずに走りきることができた。

お母さんがいると力でるのだ。